2010年をもって、この事業は終了しております。

 

薪や薪のある暮らしについての情報がたくさん掲載されているため、引き続き公開させて頂いております。
ぜひ、みなさんの薪らいふにご活用ください。

 

里山からのスローライフ---薪のある暮らし
薪のある暮らし セミナー講義録
contents

里山の変化(薪の利用が里山に与える影響)
  服部 保 氏

火のある暮らしのススメ
  山下 満智子 氏

ヨーロッパの薪のある町並みのお話
  中川 重年 氏

里山の変化(薪の利用が里山に与える影響)
兵庫県県立人と自然の博物館 自然・環境再生研究部部長
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所教授       服部 保  氏

 今日は里山の変化についてお話したいと思います。今日のセミナーは薪の話なので、僕の話は前座ですが、里山が一体どういうところなのかというのを話したいと思います。
まず里山は人間の手が入ってつくられるものですから、人間の手が入る以前は里山というものはなかったわけです。縄文時代の人間は里山のことは知らないのです。弥生時代になって初めて里山が出てくるのですが、では縄文時にどのような山が広がっていたかというと、それを原植生といいます。


 この図(スライド1)は原植生、人の手が加わる以前の植生をあらわします。緑色は照葉樹林です。ここには宝塚や川西、伊丹、神戸が含まれます。また神戸の六甲山の上は、夏緑林になります。このように里山がつくられる以前は照葉樹林が広がっていたわけです。
 では照葉樹林がどのような林かというと、このような(スライド2)林です。高さが25〜30mくらいで、直径は1m60cmくらいです。すごい巨木の茂った森です。このようなもこもこした森がこのあたり一面に広がっていたのです。このような森は今神社に残っています。これは屋久島の安房地域ですが、これも樹高20mくらいの立派な林です。このような照葉樹林を破壊して里山をつくってきましたが、元の森は神社に残し、神様の森として大切に保全してきました。 そしてそれ以外の森は生活のために、つまり燃料、肥料、材をとるための林として里山に変えてきました。
 その時代はいつかというと、まず縄文時代は人口が多くないため周りにある燃料で十分でした。ところが弥生時代に入ると、人口が増え、定住生活になって燃料が多量に必要になり、また稲作の時に周りの木が邪魔になるなどの理由から里山が増えていきました。稲作は佐賀県のあたりから広がっていったと思われます。今弥生時代の始まりは3千年前といわれていますが、おそらくこのあたりに里山が広がったのは2千年前くらいでしょう。里山には2千年の歴史があります。
 里山は燃料生産を主目的に、持続的に利用された山が里山です。別名として薪炭林、萌芽林、二次林あるいは低林など様々な呼び名があります。
スライド1
スライド1
スライド2
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 これは炭、これは薪です。薪も博物館に展示していますが、昔は博物館で薪を展示することは考えられなかったことです。しかし、今は子供たちに薪や柴の話をしても通じません。これが博物館で展示している柴(スライド3)です。昔は生活に結びついていたので里山の話をしてもわかったのですが、今の子供たちは知らないのです。
いろり、かまどなど日本昔話にはかならず出てきます。ももたろうの「山へ柴刈りに…」という山は里山のことです。わざわざ「里」とつけなくても山イコール里山でした。里山という言葉が使われ始めたのは最近です。
スライド3
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 江戸時代にも言葉はありましたが、実際に使われ始めたのはここ30年くらいです。かちかちやま、金太郎、どれも薪や柴に関連があります。しかしこれは自分で燃料として使ってみないとどのようなものかわかりません。子どもたちは絵を見てもそれが燃料に使われることがわからないのです。
 このように里山は持続的に使われてきました。2千年も続いてきたということはどこかで再生されていなければなりません。実は六甲山のようにはげ山になってしまったところもありますが、はげ山化せずに毎年使っていくためにはいくつかの条件が必要になります。
 ひとつは更新といい、もとの山に戻さなくてはなりません。戻すためのテクニックとして、毎年一定の燃料を使うために輪伐が必要です。自分の持ち山を順番に切っていくのです。例えば北摂の猪名川町や川西では池田炭の生産は8〜10年で切ります。8〜10年たつと元の林に戻るので、8区画に分ければ毎年1区画ずつ切ると8年後には元の林に戻っています。このように順番に切ることを輪伐と言います。
 それから3番目は柴刈りです。燃料としての柴を取る時につるや悪い萌芽を落とし管理します。燃料を取ることと管理が一体になっているのが柴刈りです。この更新、輪伐、柴刈りの3つがなければ里山は持続しません。
 更新は伐採後の再生方法ですが、2つやり方があります。最も簡単なのが、萌芽更新といい、切った後切り株から出てくる萌芽をもう一度大きくすることで元の林に戻っていきます。ところが同じ里山でもアカマツ、スギ、ヒノキでは切っても切り株から芽が出ません。これらは種による更新が必要です。例えばアカマツ林の伐採では何本かのアカマツを伐らずに置いておき、そのアカマツから落ちた種から林を更新していくという方法になります。


 これは萌芽更新の様子ですが(スライド4)、この部分を切った後、切り株から枝が出て、何年かしてまたこれを切るというとてもうまい方法です。またブナの更新はとても面白いです。これはクヌギやコナラと同じブナ科の仲間ですが、ブナは萌芽更新しにくいのです。スライドをみるとサイズが違うものがあり、太い木と細い木があります。これは大きなブナだけを何本かおいておき、それから落ちた種が芽を出すという更新になります。これを天然下種更新といい、アカマツも同じです。そして輪伐ですが、毎年材を確保する方法として、伐採周期のもとに、木を切っていきます。これは川西の様子です。この部分は今年切った場所で、去年切った場所は今年萌芽が出ています。そしてこの部分はまだ切っていない部分です。
スライド4スライド4

 ここでは3パターンですが、このように順番に繰り返すと8年後には伐採できる状態に戻ります。このようにすると、ずっと使っていけることになります。
そして輪伐ですが、毎年材を確保する方法として、伐採周期のもとに、木を切っていきます。これは川西の様子です。この部分は今年切った場所で、去年切った場所は今年萌芽が出ています。そしてこの部分はまだ切っていない部分です。
 それから柴刈りです。必要な木を残して雑草や雑木を刈り取り、刈り取ったものは燃料として使う、このように定期的に里山を管理していました。8年経てば元に戻りますが、戻った時につるが絡んだり、他の木が入ったりして、大きくしたい木が大きくならない場合があるので、必要ないものを切って燃料に使っていたわけです。柴刈りは燃料を取ると同時に里山の管理もしていたのです。


 このようにきちんと管理された里山の状態はこのように(スライド5)なります。この部分が今年、この部分が去年、この部分が切ってから数年たったところ、そしてこの部分がまだ伐採していないところ、というようにモザイク状に見えるわけです。これが本物の里山です。
では本物の里山が日本のどこに残っているかというと、もうほとんど残っていません。まともに残っているのは川西、猪名川町、能勢町にかけての非常に狭い範囲です。そのため私はここを日本一の里山と呼び、10年ほど言い続けてきました。
 10年ほど言い続けていますので、今では地元の方も日本一の里山と言っておられます。ではこれが美しいかというとそれは個人の美観の問題なので伐採跡はきれいではないという考え方もあります。
スライド5
スライド5

 しかし、美しいか美しくないかではなくずっと続いてきた日本の里山景観はこのようなものなのです。残念ですが宝塚や西宮、六甲、その他多くの地域には実は里山はありません。あれは里山放置林です。本当の里山はこのようなパッチワーク状の景観なのです。
時々電話がかかってきて山の木を切っている、自然破壊だという人がいます。しかし、これが本当の里山管理なのです。木を切るのは悪だと思われがちですがこれが正しい管理なのです。
このような管理によって非常に豊かな多様性が保たれます。これは当然で、伐採することで明るくなり、様々な草本性植物が出てきます。木が大きくなると草本性植物の代わりに森林が育ちます。このパターンが8つあるので様々な多様性が保たれます。しかし今の状態を見ると一つのパターンになっているので、これにあう植物はいいですが、これ以外の状態を好む植物は消えてしまいます。
 里山にはたくさんのタイプがあります。このあたりの里山は針葉樹のマツとクヌギ、コナラの落葉樹型(夏緑型)のタイプがほとんどです。南では照葉樹型、広葉型などがたくさんあります。石垣島の里山は、常緑型で神社の森とほとんど変わりません。
 これは徳之島の里山です。奄美大島もこのような感じです。原生林との違いは木が非常に細いことです。そのため伐採すればすぐに炭などとして使えます。つまり原生林と里山の違いは、太い木の有無なのです。
そしてこれは宮崎県の美郷町のアラカシの里山です。冬の写真なので少し落葉樹も見られます。このアラカシを使ったうなま備長炭は有名です。備長炭は生産するときにできた、と思うところで窯から出し、灰をかけて消します。灰をかけるためにそれが残り、白くなるので白炭と呼びます。
 これは広葉型の里山で、ウバメガシです。これは淡路島にもたくさんあります。生け垣にも多く使います。これは土佐備長炭です。真っ白なのは窯から出して灰をかけたためです。そして紀州にも備長炭があります。
そして針葉樹型の里山もあり、これはマツタケを採るために使われます。
また落葉型の里山も九州から北海道まで非常に広い所にあります。コナラ型、アベマキ型、カシワの里山やブナ林の里山というのもあります。
これは川西の今西さんの炭窯です。ここでは、できたと思う頃にふたをすべて閉め、蒸し焼きにします。そして空気が入らないようにして消化して炭を出します。


 これは(スライド6)台場クヌギといい、非常に面白い使い方をします。これは1~2mのところで切り、そこから出る萌芽を使って炭を焼きます。このような使い方は北摂地域と山梨くらいになります。
 これは北海道の里山です。北海道に里山がないという方もいますが、実は北海道の低山部のほとんどは里山です。これはミズナラの里山です。炭にも使われ駒ケ岳木炭と言います。このように炭や薪、柴を使っていた時はよかったのですが、燃料革命によって里山は放置されるようになりました。 そしてガスや電気に変わりました。木炭や薪、柴がいらなくなり里山放置林になりました。放置されて50年くらいになった森と本物の里山を比べると全く違います。どのように違うかというと、遷移の進行やコシダ、ウラジロがでるなど大変な状態になっています。
スライド6
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 これは(スライド7)照葉樹林化といい、上はコナラの落葉樹ですが、下にアラカシなどが大きくなり完全に下を優占してしまっています。これは柴刈りをしていないために起こります。  昔、アラカシなどは全部刈り取って燃料に使っていました。それをしないために林内は真っ暗になります。れも同じ状態です。同じ時期に放置されたために、高さがそろい、上のコナラが枯れるか競争に負けると、照葉樹林にかわり、元の暗い森に変わっていくわけです。ただし元の原生林に戻るならいいのですが、非常に単純な照葉樹からしか構成されていないため、戻っていく照葉樹林は非常に単純な森にしかなりません。
 それからこのようにフジが出てきます。昔ならフジがあれば切り、必要な木を育てようとしました。
スライド7
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 またササが非常に出てきます。これは関東の里山で、アズマネザサがみられます。この女性が1m60cmくらいなので、ササが1m80cmくらいまで茂っています。昔はササも刈り取って燃料やたい肥に使っていましたが、今は使わないためこのような状況です。そしてササをかき分けても真っ暗でもうほかの植物は生えていません。
 それからササが入っていないところではコシダやウラジロが出てきます。宝塚の里山もこの状態です。コシダやウラジロの里山は山火事になりやすいのです。ウラジロの葉の裏の白い部分は、ロウなので、白い部分で火をあぶるとさっと燃えて、瞬間的に緑色に変わります。このようにロウを含んでいるため、枯れてもロウが残っています。それが今どんどんたまっています。
 そのたまった上にたばこの火などがつくと、もともとロウが付いていて水を含みにくくなっているためにすぐに燃え広がります。これは山火事の原因にかなり大きく関係していると思います。では山火事になってコシダやウラジロにどんなメリットがあるかというと、これらも自分の体は燃えてしまうのですが、そのほうが得なのです。というのも自分たちより大きい木があると暗くて生育できません。そこで山火事になって自分の上にある木がなくなると、自分は燃えずに残った根に蓄えた養分を使って芽を出します。このような戦略をとっているわけです。このような植物が増えていくため山火事の危険も増えるわけです。
 そしてまたこのように植栽種が増えています。これはヒイラギナンテンといい、庭などによく植えているものです。そのような庭の植物が、里山の中に入り、わがもの顔に生きています。これはナンテン、アオキ、セイヨウイボタ、それからこのあたりにクロガネモチがあってこの狭い中に庭から飛び出したものがいっぱい入り込んでいます。宝塚の住宅地に隣接している里山は、このような外来種などがたくさん入っています。外来種というとセイタカアワダチソウのような草本性の植物を連想しますが、そうではなく森林の中にも外来種がたくさん入っています。

 このような里山放置林ですが、これをどうするか、ということです。生産機能を失った里山放置林をさらに放置し続けるのか、手を入れるのか、です。生産機能がなくなったために、もう価値がないからと捨てられてしまったわけですが、それでいいのかということです。ところが森林の機能を考えると生産機能だけではありません。環境機能や文化機能などたくさん機能があります。だから生産機能がなくなったからと言って森林を捨てていいということは全くありません。環境機能、文化機能からの里山再生も当然あり得ます。
 歴史的にみると、まず照葉樹林の原生林があって、それが水田耕作とともに里山に変えられた。そして里山が弥生時代から昭和30年代ごろまで続きましたが、燃料革命によってあっという間に里山放置林になってしまった。里山放置林になってしまったのは結局、生産機能もほかの機能も見いだせないので誰も管理しないという状況が昭和30年代から現在まで続いているからです。
 そこで今、生物多様性の問題や環境問題などが出てきて、このまま里山を放置してはいけないのではないか、やはり環境機能・文化機能から考えて里山を何とかしなければならない、ということで環境文化林という考え方が出てきました、里山放置林を里山に戻すのが一番いいのですが、なかなかそこまではいかない。そうするととりあえず違うタイプの林に持っていく必要があります。それが、環境文化林になります。
 環境文化林といって、一体里山をどのように変えていくかですが、兵庫県で進めているのは里山に戻すのではなく、そこに生えているコナラ、クヌギ、アベマキをどんどん高木化、高林化することで新しい里山を作るものです。そしてさらに生物多様性の問題を取り入れ、多様性のある高林を目指しています。


 これが(スライド8)里山の現状です。このようにアラカシ、ヒサカキ、ササが生えたり、つる植物が絡んだり、非常に暗い状況の里山になっています。この絵よりももっと暗い状況です。いちよう上は落葉樹ですが、常緑も入って暗い状況になっています。このような里山放置林をもとの里山に戻すのであればすべて切ればいいわけです。しかしそんなに切るお金もないし、切った材をどうするかの問題も出てくるのでそれは手を出せません。
 そうするとどうすればいいのか、というと考えてみれば里山で問題なのは常緑やササなどが入って暗く、汚く見えることです。 それで問題の木だけを切ればいいということで切ってみると、このように(スライド9)なります。このように常緑やササを切ると明るくなります。明るくなると今まで被陰されて生活できなかったコバノミツバツツジ、モチツツジ、ヤマツツジのような植物が元気になり、花をたくさんつけるようになります。そうすると子供たちの環境学習の場や自分たちの生涯学習の場としていろんな生物がいて、非常にきれいな林は好ましいのです。そのような林にまずしていこうとしています。
 そしてこれをさらに置いておくとどんどん大きくなります。昔は切っていたためこんな大木があるような里山は絶対考えられませんでした。しかしいまは環境機能や文化機能を考えると高木林にしてもいいことになります。そこでこのような高木林にしていこうとしています。
 さらに置いておくとこれくらいまで大きくなります。よくいわれるのがコナラなどはこれくらいで寿命が尽きてしまうのではないか、です。今コナラは病気のものもあり、問題になっていますが、病気にならないとするとどのくらい大きくなるかというのは今まで例がありませんでした。
スライド8
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スライド9
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 コナラがどのくらいの太さになるか調べてみたところ、磐梯山には直径が1m60cmの大木のコナラがありました。それから由布院にも直径1mのコナラがありました。時間をかけてゆっくり管理するとコナラも大木になれるのです。だからこのようなコナラ、つまりブナ林のようなコナラ林、アベマキ林、クヌギ林にしていけばいいのではないかということで、兵庫県は今里山管理を進めています。

  今、生物多様性の問題が出て兵庫県では生物多様性兵庫戦略という新しい戦略を立てています。いろんな生物が生育できるような種多様性が高く環境、文化機能性を有する高林に持っていこうとしています。そして落葉樹の優占する高木林、照葉樹をできるだけ繁茂させずに落葉樹の林として維持することを考えています。
私は里山の前は照葉樹が専門でした。そのため日本全国のいい林が残っている神社はほとんど回りました。そして各地で照葉樹を見てきましたが、照葉樹は神社ぐらいになると立派ですが、このあたりの林を放置してできる照葉樹林は先ほども言ったように非常に単純で暗い。
 代表的なのは新幹線で新神戸駅の裏側に見える森で、あれは里山から照葉樹林に変わったものですが、非常に暗くなにも生えていません。だからできるだけ照葉樹を切っています。それで兵庫県は平成6年から平成20年にかけて里山林整備事業で60か所以上このような整備を行ってきました。照葉樹等の伐採による遷移の抑制、夏緑林の要素による種多様性の増加によって自然林風の樹林景観の達成、そしてそれによってそれをレクリエーション林や学習林として活用していくことを目指しています。
 そしてこの管理によって本当に多様性が増えたかというと、これは有馬富士公園での例です。管理前は10m×10mの調査枠に42,60種類ありました。この調査の後すぐ照葉樹、ササを切りました。そして2003年の10月から1年たち、2004年にもう一度調査をしたところ、42種類から56種類、さらにもう1年後には68種類、そして73種類にまで増えました。大体このあたりの里山では40種類あれば多様性が高いので、もともとこの里山は多様性が高かったのですが、さらに高くなりました。ですから常緑樹を切ることで多様性を高めるのは嘘ではなかったことになります。


 ではこの管理をだれがやるかということになります。私たちにとって望ましい林をつくるのは自分たちのためにもなるので里山放置林は私たちが参加して多様性のある高林に持っていく模式図になります。
 これは(スライド10)三田市の有馬富士公園の管理前の状況です。このように常緑が入って人が入れないような状況です。これが先ほど調査した、60数種類あるところです。
 これを管理するとこのように(スライド11)なります。非常にきれいになり、どれだけ常緑樹がはびこっていたかがわかります。そしてここにはわずかにヒメカンアオイというギフチョウが食べる食草があったのですが、常緑樹を切り倒してから2年後くらいで一気に増え、ギフチョウが産卵に来ました。それくらい増えました。
 このように非常に明るいのですが、この後ろは刈り取っておらず管理していないところです。管理したところとしていないところはこれくらい差があります。
 そしてこれでいいかな、と思うとここからが重要になります。これが里山管理後の加古川での例です。これは一番最初にした兵庫県の里山整備事業だと思いますが、管理後の切った材の放置状態を見てください。これなら管理しないほうがいいといわれました。
 それからこれもそうです。これは姫路市の例ですが、刈り取ったものをどこかに集めて持っていき、処分することが処分費用のためできないのです。仕方がないので林の中に置いておく、しかし置いておく目的はありません。
スライド10
スライド10
スライド11
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 これも(スライド12)同じです。有馬富士公園の例ですが、やはり置いたままになっています。常緑樹がなくなってきれいにはなっていますが、目立ちます。私も普通はこのような図は見せず、きれいな部分だけを見せますが、今日の話題は違うので見せています。
 ですから多様性高林方式の弱点は管理後の木材の処理でいつも困っていました。林内が汚い、手をいれないほうがましなどといわれます。そひて林床に置くため、林床が材に覆われ草本植物が生育できない。これをどうするかを常に考えていましたが、これを何とか利用できないか、薪や柴の利用促進がよいと考えました。しかしそのときは薪ストーブなどには思いが及びませんでした。そしたら薪ストーブなどの話を聞き、それならもっと里山管理がきれいに進む、と思いました。
スライド12
スライド12

 ですから、どんどん持って帰ってもらえば林の中はきれいになります。現実に以前このように林の中に薪が残っている話をしたところ、薪ストーブを使っている方で、自分で管理はしたくないが無料なら持って帰りたいという方がいました。無料でも持って行ってくれるなら林がきれいになるのでいいのではないか、と思いました。燃料としての利用として薪ストーブの活用は里山管理の弱点をカバーしてくれる非常に良いアイデアだと思います。

 

火のある暮らしのススメ
大阪ガス(株) エネルギー・文化研究所 山下 満智子 氏

 私は食生活の変化を研究しています。今日薪のある暮らしセミナーに呼んでいただいたのは、「火育」という事を私が現在研究しているからだと思います。平成17年に食育基本法が施行されて、現在いろいろな企業が食育に取り組んでいます。大阪ガスでも子どもを対象にした料理教室や食育副読本の配布など食育活動を行っています。大阪ガスができる食育は何かと考え、調理と脳の活性化や火育というテーマで研究を続けています。
明治38(1905)年に大阪ガスは創業いたしました。創業以来炊飯実験などの料理活動をしており、現在もエリア内10箇所でクッキングスクールを運営しています。
料理活動をさらに進めていろいろな食育活動を考えた時に、子供たちが火の扱い方を知らないということを聞く機会がありました。今はガスコンロや炊飯器で料理をするけれども、そのもとは七輪やかまどなどを使っていたということを知って欲しい。また、コンビニでお弁当を買うにしても、食べ物をもともとどのように調理してきたかを知って欲しい、という思いから火育研究をしています。

 子供たちが火が熱い事を知らないという話を聞き、昨年NPO子どもサポートプロジェクトさんと共同で京都リサーチパークの駐車場を提供いただいて火育カリキュラムを行いました。そして子どもたちが本当に火について知らないということがわかりました。
子どもたちがマッチの擦り方、それから火が熱い事を知らない。マッチをするだけでも大騒動でした。そして自分で火をおこした七輪でサンマ焼いてを食べたのですが、かまどで炊いたご飯と一緒に本当にきれいに食べました。
  子どもたちが自分たちで関わってやっていくことはとても大事です。私たちが今薪ストーブを見て素敵だな、と感じるのは、私たちに火の体験があるからです。私たちが築いてきた生活文化や食文化を子どもたちに伝えるためにも今は火を教えることが大事なのではないかと考えています。火育では、火を学び火に親しむことをテーマにしています。

 明治時代、ガスは照明に使われていました。台所では、薪や炭が中心でガスは新燃料でした。そこで女子説明員が台所でガスを使ってもらうために各家庭を回りました。当時珍しい職業婦人です。彼女たちの活動によって大正初期から昭和の初期にかけてガスが家庭の中に少しずつ入っていったと聞いています。


 これが(スライド1)ガスの照明です。この家はもともと照明だけがガスで、台所では薪や炭を使っていました。この奥さまは紋付を着ておられるので、この瓦斯調理器が入って初めてということで記念写真を撮ったのではないでしょうか。フライパンを使っていますが、フライパンも当時最新の調理道具の一つです。
明治、大正、昭和と台所がだんだんモダン化していく中で、主婦の家事労働を軽減するために、薪や炭がガスや電気に変わっていく。薪や炭の手配や灰や煙処理から解放される一方で、この火を扱う生活技術、スキルが家庭から失われてしまいました。
スライド1
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 炭や薪の火お越しは大変です。 だから一回ずつおこすより、前の日に使ったものを灰にうずめておいて、それを翌日にいこして使う、そういう技術が家の中から失われました。

  水仕事も昔は井戸と水ガメでしたが、水道の蛇口から水そしてお湯が出るような暮らしに変わりました。水くみ労働から解放されて、ふんだんに使える、これは環境問題にもつながってきます。油汚れの食器の汚れも、お湯であればよく落ちる。それで炒め物や揚げ物など家庭のメニューも変化しました。このように台所がモダン化していく中で家事労働が軽減されて、私たちの生活スタイルも変わってきました。

 それから太陽の自然光や燈明からガス等や電灯に変わることで労働時間の自由度も拡大しました。やがて今のように24時間営業が当たり前になりました。
そして食品保存の点でも、冷蔵や冷凍保存ができるようになり、手間が軽減され、衛生面も向上しました。ただ、今冷蔵庫を過信しているためにせっかく新鮮なものを買ってきても、その鮮度が落ちてから料理をするような逆のことも起きています。
洗濯の場面でも、たらいと洗濯板が洗濯機になって、しゃがみ姿勢から立ち姿勢になりました。今はボタン一つで洗濯から乾燥まで終了します。


 家事労働の軽減の話をしてきましたが、食文化の面では1970年代が非常に大きな変化の時期です。すかいらーく、ケンタッキーフライドチキン、小僧寿司、マクドナルド、デニーズ、ほっかほっか亭のようなファミリーレストランが70年代に上陸し、チェーン展開して非常に身近なものになり、食生活が一変していきました。
そしてコンビニ。1970年代豊中にできたお店が1号店といわれています。そのコンビニが右肩上がりで増えて、今50,000〜60,000軒の間位といわれています。そのなかで食生活は大きく変わってきました。火と暮らしという意味でも、大きな変化がありました。私たちが今火を見るのは、キャンプやあるいは、八坂神社のおけら詣りなど、それもテレビでということが多くなりました。家の中ではなく、キャンプ場やお寺や神社など非常に遠いところでしか火を見る機会がなくなっています。
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 ではこのような状況で家庭ではどのような火の扱い方をしているのだろうかと、30代の大阪ガスのOL何人かに聞くと、マッチを擦ったことがないという答えがありました。ではどのように火をつけるのかと聞くと、チャッカマンという答えでした。たしかにチャッカマンがあればマッチがいらないと思いましたが、マッチの擦り方すら知らずに、これからの世の中は生きていけるのかなと不安になりました。

 大島清さんという脳の研究をされている先生から、そもそも火を得たことによって私たち人類は他の動物と違う進化をはたしたと教えていただきました。その一番大事なこと、火を扱うということをこの80年くらいで私たち日本人の生活から失いつつあるのではないか、と思っています。
大島清さんの研究によると、火の発見が人類の歴史を変えた。「粗な咀嚼」という生の肉を引きちぎるような咀嚼から、それに火が入りじんわりとかみしめて味わうという「精な咀嚼」への変化がありました。それによって500cc程しかなかった人間の脳は1リットル位に増えています。今は男性だと、1,200〜1,400cc位の脳の大きさがあるそうです。脳が1リットルを超えると言葉を話すようになるということです。火で焼いたものを食べることによって脳が発達して、それが言葉を生み、コミュニケーションをとることに繋がったという研究がされています。


世界中のあらゆるところに、火起こしの道具があります。世界の民族の中で1,2例しか火起こしの技術のない民族はないそうです。
そしていろりの上に掛けられた鉄鍋、いろりは、暖房、調理、そして照明の用途をもっていました(スライド3)。同じように西洋で発達した暖炉も、暖房であり照明であり、調理にも使われていました。いろりの火を見ると思わず近づいてしまうような気持ちが今も私たちの心に残っています。
柳田國男さんの『日の昔』の中に、「簡単に火をつくることができなかった時代には、家というものが最も有力な火の中心だった」と書かれています。そして人間が大切にしてきた火の扱いが失われていくことに問題定義がされています。
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 GK道具学研究所所長の山口昌伴さんは、「現代家族の視線は家族の輪の外を向いている。」確かに高度経済成長期以降の昭和の家庭では家族の視線はテレビを向いていました。今は携帯電話があるので下を向いているかもしれません。そして「かつて囲炉裏の火は集いの真ん中にあった。住まいにおける火の役割をもっと重視すべきでないか」と『日本人の住まい方をもっと愛しなさい』で書いておられます。
  文化人類学者清水昭俊先生は、「火は単に物的に食物を加工し、暖をもたらすのみではなく、それ以上に人々の温かい結合をもたらすものである」と、『火の民俗学』に書かれました。

 人間にとって火が持つ本来的な意味、火と共に暮らすことの重要性という意味では、今も変わらず火の引力は人を引き付け、火は人の五感を刺激します。火の体験が、子供たちを育むと言えるのではないかと考えています。
そして火が人間の食文化にもたらしたもの、未来の食に対して火が果たす役割とは何でしょうか。火で焼くのが料理の原点です。火が食文化を豊かにしてきました。火を囲んだ食事が家族のきずなを作り出してきたのではないかと思います。

 火育研究では、火を学び火に親しむことを通して子どもたちを育んでいけるのではないかと考えています。火を得たことで人類が発展してきたことを考えると、火が触ると熱いということも知らずに成長していくのは、大いに問題があるのではないか。火が触ると熱いということを知ってもらう、火を使う能力をつけてもらう、それが今文部科学省が提唱される「生きる力」に繋がるのではないかとも考えています。
知識としては、子どもたちはマッチのことを知っていました。あるいはテレビで見たことがあったと思います。しかし実際にやろうとすると、マッチを「シュ、シュ」と口では言いながらも、なかなかできない。2,3回実際に体験すると習得できる。子どもにとっては、火の体験がすごく重要だということが分かりました。そして子供の日常に火があることが重要なのではないかと思われます。

 火育研究に先立って調理と脳の活性化について東北大学の川島隆太教授と共同研究をしてきました。実験には、近赤外線計測装置という機械を使いました。最新脳科学の研究によって脳の前頭前野を鍛えることが非常に大事であることがわかっています。そして現代の生活の中で、前頭前野を鍛える機会が失われていることが危惧されています。前頭前野を活性化することで高齢者の認知などの脳機能を改善し、子どもたちの脳を育てることができるのではないかという研究が進められています。
大脳は大きく4つの部分に分かれています。頭頂葉は両手の協調作用、後頭葉は眼の神経、側頭葉は言葉を作り出す能力などがあります。そして脳の中で一番大切で未解明な部分が多いのが前頭葉と呼ばれる部分です。その重量は、サルで3%、チンパンジーで11%、ヒトは33%と人間では脳に占める前頭葉の重量が非常に多いのです。脳科学からいうと人間は前頭葉が発達している動物であると定義できるほど人にとって大事なところだといわれています。
  そして前頭葉が行っていることは、いま私たちが子どもたちを育てるのに非常に大事だ考えていることすべてといえるほどです。思考、創造力、行動・情動の制御、キレたりしない、人と目を見てコミュニケーションできる、やる気や注意、自発性、身辺自立、記憶、学習などです。
高齢者にとっても前頭葉の役割は重要です。たとえ高齢になり認知力が少し落ちても、自立、自発性、身辺自立、やる気や注意力コミュニケーションがとれ、行動・情動の制御ができればより良く暮らしていける。子供にとっても大人にとっても非常に大事な能力をこの前頭葉が担っています。


 この近赤外線計測装置を使って実際に火を使った時の脳の働きを測定する実験を仙台で行いました(スライド4)。
白が安静時の状態で、安静時より活性化すると赤くなり、安静時より低下すると青くなります。青くなると、心が安らいでいる状態です。火を見ることは、心が安らぐ状態で火を扱うことは脳を活性化することがわかりました。
これは最新の情報で子供のものですが、大人でも同じように火を扱うことで脳が活性化しました。
人間にとって大事な行為で脳が活性化するということが分かっています。
火を扱う状態では脳が活性化し、火を見る状態では脳が静かな状態になる。この、メリハリが脳にとって大切です。
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毎日新聞提供 スライド4

 最近はオートキャンプも盛んで、お父さんやお母さんと子どもたちはよく出かけています。よく聞いてみると、オートキャンプもどんどん便利になってきており、電源を取ってそれで調理をしている。あるいはせっかく火を使う機会があっても、実際に子供たちには危ないからと言って、焼いたものをお皿に乗せてもらうだけ、ということも起きています。親が見ている所で、火を扱う体験をさせることが大事である、そんなことも意識をしなければできない時代になってきています。
火を囲む意識が家族と呼ぶにふさわしいものを生み出す、そして家族や仲間の連帯感を生みだす。同じ釜の飯を食べるという言い方をしますが、それは火を共有することに意味がありました。 


 これは(スライド5、6)親子で料理をするときの脳の活性化を計測した実験です。親子で会話をしながら調理をすることで子どもの脳は活性化して真っ赤になりました。
人間らしい行動ということが現代では非常に失われています。一見同じような生活をしていても私たちの普段の暮らしが、便利で脳を使わない、人間らしくない生活になっているようです。このような生活の中で実際の火を使ったり、薪ストーブを使ったりすることの意味を新たに見いだしていかなければいけないのではないかと思います。
火を扱うことをまた新たな視点で見直していく、今見直さなければこれからの子どもたちの生活から火が失われてしまうのではないかという危機感を持っています。
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薪ストーブを生活の中に取り入れる、そのような団塊の世代の方が増えていき、里山に手が入ることで子どもたちが火を学び親しむ機会も多くなれば素晴らしいとつたない話をさせていただきました。ご清聴ありがとうございました。
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ヨーロッパの薪のある町並みのお話
  京都学園大学 教授 中川 重年 氏

 僕は色々なことでヨーロッパとアジアに行くことがあり、行くとその町のことを調べたりもしてきているものですから、その中でいろいろと見聞きしたことを写真で見ていただこうと思っています。
 少し古くなりましたが、2000年に「森のバイオマスエネルギー」という本をつくりました。これはヨーロッパで2〜3週間薪や薪を使った暖房の仕組みなどについて調査したことをまとめてみました。この写真が多いのです。さて今日の開催の目的ですが、今日は薪をきれいに積んだ人に賞金50万円(!?)をお渡しするという話だったと思います。(笑)僕も講師という肩書きをかなぐり捨て、一参加者として参加しようと思ったのです。ところが薪が手に入らないので、今日は薪をどうやって割るかということで、50万円はどこかに消えてしまいました。

 多分賞金50万円のコンクールがあるとすれば、これが一等賞ではないかと思います。これはスイスの山の中のなんでもない民家です。薪が生活に位置づけられており、しかもスイスの国旗が好きで、家の周りを「こぎれい」ではなく、「きれい」にしています。
 このようなことの背景を写真を見ながら解説してゆきましょう。
 これは中部スイスの日本版の東本願寺や西本願寺、アインシーデルンの修道院です。すごく大きな宗教施設です。この建物の裏には製材所があり、お修道院が持っている森林から伐ってきた木のうち、使えないものを建物の暖房に使っています。スイスは寒いので暖房は半年間ずっとつけっぱなしです。
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  これはスイスのあるプフェヒコンという町です。黄色い線は配管、黄色の家屋は対象の家、地下にお湯を通して暖房をする地域暖房というシステムです。メリットはいろいろあります。そのうちのひとつ、火事にならないですね。火を燃やす暖房には火事になる危険というのがあります。日本ではそこが難しい点があるのではないと思うのですが、この壁の向こう側で大型のボイラーで木質チップを燃やしてお湯を作ります。そして、お湯が町の中に供給されるという仕組みです。大型スーパーマーケットでも使われています。
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  これはイタリアの北部の町です。ここにテルモロッシ社というストーブメーカーがあります。正面が工場、左側がショールームになっています。ショールームにはこういうストーブがずらり並んでいます。そのひとつドイツなんかにある大きな暖炉風の大きなもの。女性が座っている部分はお尻が暖かくなり、部屋も温められる、洗濯物も干せる、ブーツも乾かす。要するにこれを使って何でも暖め乾かし、寒い冬を乗り切るものです。大きなものですから日本では導入は少し難しい話ですね。
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  これは飛び込みで見せてもらったイタリアの薪ストーブです。本当かと思いましたが、薪ストーブというと色が黒くてがっしりしていてというイメージですが、これは真っ白です。
 薪やペレットの厨房機は、普通の台所のシンクや同じ規格で作られているので、ここだけ電気にするのでも、薪であろうと、はめかえが簡単にできます。
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  テルモロッシ社は薪ストーブを作っているメーカーだったのですが、2004〜2005年にはペレットで燃やすストーブの方が薪のそれより出荷台数が多くなってしまいました。ですから今はメインがペレットストーブです。これは結構大きいもので主さが150kgくらいあります。1万円とか2万円の灯油ストーブと違い、一種の耐久消費財で、自分で運んだことでよくわかりますが、鉄板も厚く10年も平気で持つものです。黄色い外板はマジョリカ陶器でして、色をアレンジすることができます。青や緑にしてもかまわないもので、冬は赤にして夏は青くする、夏は暖房をしないのでそんなことはしませんが(笑)、そんな色のコーディネートができます。それから焼き物であるから触っても高温になりにくく、じゅっと音を立てる酷い強い火傷をしない効果があります。なんと言っても室内が明るく色のコーディネートが楽ですね。
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上の中棚にはスープだとかお茶とかを入れて食事までものが冷えないようにする、ウォーマーがあるというのが特徴です。この機械はリモートコントロール機能を持っています。ペレットですが、コントローラをチクチクとやると火がつき、チクチクとやると火が強くなったり弱くなったりします。そしてマイコンがついていて、1週間のプログラムを組むと、日曜日は終日お休み、夜の10時になったら消えるとか、朝はなんと行っても楽ですね。全部プログラムできるようになっています。さらに電話で外から設定できるそうです。
  ですから皆さんが考えていらっしゃる新聞紙にマッチで火をつけて、それから木っ端を上に乗せて、火が大きくなるまで時間をかけ、やっと安定して燃えてくる、というものとは少し違います。石油やガスストーブなどと使い勝手がそんなに変わらないものもあります。薪を使うのか、こういう便利で使い勝手がいいものを使うのか、それぞれライフスタイルや価値観に合わせて選ぶことが出来る時代になっていると思います。

  これは薪をこの中に放り込みまして、お湯で室内を暖房するものです。この機械では普通の家では少し大きすぎるかなと思いますが、ちょっとしたペンションくらいが適当でしょうか。
この機械の面白いのは、火が上から下に燃えていくことです。なんでこんなことをするのか始めは分からなかったのですが、実は皆さん薪を燃やしているとお分かりでしょうが、薪が燃え尽きてくるとその上に新しく薪を乗せますよね。すると燃え上がるまでしばらく煙が出るんです。今度はちょっと薪を入れすぎるとストーブの横が真っ赤になって、暑い暑い、窓を開けようか、となってしまいませんか。シンプルな薪ストーブはしょっちゅう室内の温度が上がったり下がったりします。このストーブは上から薪を入れて下に向けて炎を出す仕組みですから、完全に燃焼するし、下の炎で暖められた空間で安定的に燃焼する、優れものです。
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  木のチップを燃やすイギリスの小学校です。黒い扉の中に燃焼装置があって、向こうの校舎にお湯を供給しています。床暖房ではなく窓下暖房です。部屋はどこから冷えてくるかというと、一番が窓からです。したがって窓に暖かいカーテンをつけるという考え方です。一方床暖房にすると、少し温度が上がるとちょっと足の裏がほてってきます。幼稚園や障害者施設は別ですが、あまりヨーロッパでは好まれません。これは賛否両論あると思いますが。
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  これはドイツの自然エネルギーの民間の研究所です。部屋の真ん中に大きなタンクがありまして、屋根から太陽光を集めていたり、木を燃やしていたり、土の中の熱を全てここへ持ってきます。これで冷房も暖房もしてしまうものです。装置がきれいですね。この中をお湯が通っており暖房機の一種です、冬、外から帰ってきたときに外套を掛けておくところです。 この研究所には、土中の熱利用のシステムもあります。日本では岩手県の施設で土の中の熱を使って冷房や暖房をしています。岩手県の民間の暖房関係の企業のモデルルームの中にもそういうものが含まれています。あるいは長崎や熊本にもあります。
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  これは大変珍しいものですが、将来的には土の中の熱を使うというのは究極ですね。なかなかすごいなと思っています。
これはドイツの南の町ケンプテンの地域暖房の配置図です。オーストリアからドイツに入り北に行く最初の町です。オーストリアは林業が盛んで、そこで出てくる木材というのは、一つの企業で岩手県全体の製材所の合計を上回るというとんでもない量が出てくるので、製材くずをどうするのかが大問題です。それを粉にして固めなおしたペレットをオーストリアからドイツに送っていくいわば先端地域でもあります。これはオーストリアとは関係ないのですが、集めた木を全てここで燃やし、5kmくらい離れた町にお湯を送って熱交換器で家庭用に置き換えます。
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 実は道路の下を300度のお湯が走っています。沸かしたら100度で沸騰してしまいますが、何気圧かかけてやると300度になります。電気の高圧線と同じですね。危なっかしいと言えば危なっかしいですが。またその仕組みを地域暖房と言います。日本でやればよいのですが、作るコストもあり、そんなに事例は多くはないです。油で地域暖房をやっている例が北海道で一つあります。
高層ビルもそうですね。将来的にはできてくる可能性があります。 スイスには比較的まとまった小さなエリアでの事例があります。地域暖房のよい点は、施設の集中化に伴うイニシャルコストの削減が効率化があります。逆にハンガリーでは配管がむき出して非効率すぎて今では使われなくなった配管が何キロもつづくという事例もあります。それぞれの家庭や店舗に油の燃焼のための装置があると、そのために給油のスペース、タンクを置いておく、人がオペレーティングをする、メインテナンスも、結構余分なスペースと人がいるんです。
  地域暖房では土の中に直径15〜30cmのパイプが埋められているだけです。実に2本の管が建物に入って出てゆくだけです。実際に見せてもらいましたが、建物の地下のところにパイプが出ているだけです。熱量計でいくら使ったか分かるようにしてあります。大きなスーパーマーケットなんかではこれで空いたスペースを有効に倉庫などに使えますね。そのためドイツでもスイスでも地域暖房が進んでいます。
  あとは楽しみでこんなものを見てください。このストーブは出口が二つ、そのまま温風を出すところと、もう一つはダクトを伸ばし子供部屋に温風を送ることが出来ます。子供部屋で火遊び、火事が起きたということにならないものです。
 これは薪割機です。この機械は縦において割るだけでなく、横に寝かせて割ることもできます。今日のデモンストレーションはこういうものの中で一番小さいものです。電機やエンジンを動力荷するものがありますが、エンジンの方が良いです。安いものだと電気で3万円くらいであります。さてイタリア、この機械は町のDIYショップで普通に売られているものです。特殊なものではない、生活に密着している、そんな感じがします。
  このように外側に鉄板が貼ってあるものに石が貼ってあったり陶器が貼ってあったり、様々なものがあり、急に温度が冷えない、火傷をしない、家の中に入れるのでそれなりに美しく、様々なデザインがされています。

  このほかにヨーロッパのいくつかの国の町の風景のお話をしようと思います。これはハンガリーのブタペストの国会議事堂。この中にお湯で温めるラジエーターが配置されています。ラジエーター放熱器とか言いますが、昔のものは触ると熱かったのですが、一番コストのかからない温度は30〜35度くらいだそうです。そうすると熱勾配我小さく従って対流が起きず、やんわりとじっくりと暖まります。これがお湯の温度がアッチッチだと室内の上部が暑く床は冷たいということになるんだそうです。
 これは相当古い建物ですが、この下で見ることはできなかったのですが、熱を作る部屋が外にあって、熱を運んできて、格子のところがそうですね。すばらしい意匠です。
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 これはスイスの南部の本当に昔ながらの村です。薪がつんであります。建物にねずみが入ってこないように返り板があります。
これはレストランです。
  こういう事例を見てみますと、薪というのはただ燃やすだけの素材ではなくて、積み上げたところで美しさがあります。そう!ディスプレイにも使えるわけです。本日この研修に宝塚のきれいな場所を選ばれたのはすごく見識があったのだと思います。
 日本の里山地域の農家でも時々きれいに薪が積んでありますが、こんな風なディスプレイのひとつという意識でもって薪をきれいに積んであるというのは見たことがありません。こうしたスイスに見られるきれいな薪とともにある暮らしを参考にしていただければと思います。

 

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